関房(閉関の部屋)
關房
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円窓——限りなき悲願
関房の最大の特徴は、外界との連絡に使われた「円窓」です。閉関中、導師は部屋の外へ出ることなく過ごしました。侍者が食事や手紙を届ける際には、軽く三回ノックするのが合図でした。毎晩7時には導師が窓を開けて弟子たちに教えを説き、毎週土曜日の午後2時から4時までは、信者が訪れて教えを請い、疑問を尋ねることができました。
この小さな円窓は、「閉関しても衆生を忘れない」という導師の姿勢と、生涯を貫いた「仏教のために、衆生のために」という大いなる悲願、そして伝法の精神を物語っています。
法の海に心を遊ばせて——静寂と光明
関房内の仏龕には釈迦牟尼仏が祀られ、導師が毎日経文を唱えた場所です。導師は自伝の中で、執筆の間は仏法に没入し、まるで学生が先生の前で暗誦し復講するかのようであったと述べています。静寂の歳月の中にあっても孤独はなく、法の喜びに満ちていたといいます。
右側の机の上には小さな盆が置かれ、仏像と香炉が載っています。閉関中は物資が乏しく紙も高価でしたが、導師は原稿用紙に丁寧な小さな文字で書き続けました。ここで『妙雲集』を編纂し、『原始仏教聖典の集成』『中国禅宗史』『中国古代民族神話と文化の研究』など多くの大著を完成させました。
左側の書棚には、導師が生涯に著した750万字に及ぶ著作、『大蔵経』、各種の参考書が並んでいます。そばにはラジオ、腕時計、眼鏡、名刺、そろばんなどが置かれ、深い学識と質素な日常が溶け合う暮らしぶりを伝えています。
掩関遥寄——智慧の灯よ、永遠に
壁に掛けられた「掩関遥寄」の書は、1964年5月26日の仏誕日に閉関するにあたり、導師が国内外の同道に向けて心境を告げた偈頌で、のちに『華雨香雲』に収録されました。
出家して35年、台湾に来て12年。著作を焼かれ、書き直しを余儀なくされるなど、幾多の風雨と混乱を経てきました。悲しみを覚えつつも、それ以上に歳月の無常に驚かされます。しかし、各地を流浪した真諦や、挫折を味わった鳩摩羅什など古の高僧たちも、逆境の中で弘法を続けてきました。古今の事情はもとより同じ、どうしてさらに憂いを重ねる必要があろうか——。
もろく儚いこの身を三宝の加護に委ね、教えの理解と実践を深めて衆生を利益したい。質素で厳しい歳月の中で日々の務めを守り、弘法利生の願いを胸に、万物の静けさと向き合いながら、聖なる道が人の世を照らし、正法が久しく住することを願ったのです。
寝所——簡素と工夫
印順導師の寝所は、木の板によってベッドと書棚が巧みに仕切られています。ベッドには目の細かい防虫網を張った引き戸が二枚あり、風を通しながら蚊や虫を防ぎます。簡素ながら工夫に富んだこのしつらえに、導師の質素な暮らしの知恵がうかがえます。
食事——「万年菜」と湯のポット
閉関中の三度の食事は、落花生、豆腐、青菜だけでした。献立が何年も変わらなかったことから「万年菜」と呼ばれました。机の上には湯の入ったポットがひとつ置かれているだけで、食事はきわめて質素でした。修行に専心した歳月の、厳しくも簡素な暮らしぶりがうかがえます。
見どころ
- ★ 円窓 ★ 圓窗門
- 台湾ヒノキの建物 台灣檜木建築物
- 唐様式の仏龕 唐朝式佛龕
- 建物の通気孔 建築結構通氣孔
- 「掩関遥寄」の直筆の書 〈掩關遙寄〉墨寶
- 机、日用品、寝室 書桌、生活用品、臥室
- 画家・呂浮生による印順導師の素描 畫家呂浮生:印順導師法像素描
- 歯舎利・髪舎利 牙舍利、髮舍利
- 舎利花 舍利花
- タイ・世界仏教僧伽会の記念扇 泰國世界僧伽會紀念扇
- フィリピン弘法の記念品:貝殻の花 菲律賓弘法紀念品:貝殼花
閉関中の一日
- 午前4時起床・朝の勤行、6時朝食、11時30分昼食、午後6時薬石(夕食)、午後8時30分就寝 清晨 4 點起板早課、6 點早齋、11 點 30 分午齋、下午 6 點藥石、晚上 8 點 30 分養息
掩関遥寄
離塵卅五載,來臺滿一紀。風雨悵淒其,歲月驚消逝!
時難懷親依,折翮歎羅什;古今事本同,安用心於悒!
願此危脆身,仰憑三寶力;教證得增上,自他咸喜悅!
不計年復年,且度日又日,聖道耀東南,靜對萬籟寂。
印順導師 1964年5月26日